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(無題)

 投稿者:ジェダイ  投稿日:2005年11月11日(金)03時06分43秒
  丁寧なレス感謝いたします。
おっしゃる通り「夕映え」はオクラ作品ですが、製作当時なんらかの方法でも上映していれば再映の可能性があるらしいのでお聞きしました。

また「脱出」も同様のオクラ映画ですが、観ている方がいたとしたら「夕映え」も同じように上映された可能性が高く追跡の足がかりになると思いお聞きしました。

当時、慣例でオクラ作品は八王子東宝でほんの少し上映してオクラ入りさせたという噂を聞いたのでお聞きしました。

31年前のデータがあるとはすごいですね>ブッシュさん

オクラ映画を引っ張り出すのはやはり難しいんですね。

お返事ありがとうございました。またよろしくお願いします。
 


ミステリー・ゾーン

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年11月10日(木)16時49分22秒
編集済
  ジェダイさん、書き込みありがとうございます。
昭和48年「夕映えに明日は消えた」これは確かお蔵になった作品ですよね。
結局、正式には上映されていないと思います(キネ旬決算号のリストも地方公開作品に関しては不備が多かったように思います)。

しかし、まだまだブロック・ブッキングが残っていた時代ですので、不入り作品の穴埋めに、急遽興行的に弱い地方の映画館で上映された可能性はあるのかもしれません。

「脱出」は、ブッシュさんに問い合わせましたが、映画館は覚えていないそうです。しかし、見た日付は1974年の9月3日ということで、74年の「ぴあ」をチエックしましたが、該当する映画館はありませんでした。もっとも当時の「ぴあ」は関東全ての映画館を網羅しているわけではありません。

ちなみに73年1月、74年9月の「ぴあ」に八王子東宝は載っていません。
八王子近辺の方、よろしかったら70年代の映画館事情など書き込んでいただければ幸いです。

そんな感じでお力になれませんでしたが、また何かありましたら宜しくお願いします。

http://bsouko.hp.infoseek.co.jp/

 

(無題)

 投稿者:ジェダイ  投稿日:2005年11月 9日(水)00時37分17秒
  はじめまして。ちょっと調べものをしています。ご存知の方お教え下さい。お願いします。

昭和48年「夕映えに明日は消えた」という作品が八王子東宝もしくはどこかの劇場で上映された
という情報を探しています。
どなたかご記憶にないでしょうか?

管理人さんは昭和49年に「脱出」という作品をご覧になっているようですが、これはどちらでご覧になられたのでしょうか?

急に質問からですが宜しくお願いします。
 
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「映画秘宝」

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年11月 6日(日)17時31分42秒
編集済
  黒い手袋さん、情報ありがとうございます。「映画秘宝」早速、立ち読みしてきました。

70年代後半の立川に限らず、藤木TDCサンのお書きになっているように、映画館は「ドブ板」感覚だったのです。横須賀東映の自衛隊割引、池袋・文芸坐の周辺でさえそうでした。その暗闇の中に吸い込まれるようにして、ボクらはスクリーンを見つめていたのだと思います。
 そのワクワク感が一体何であったのか?。それを少しでも解明しようというのが、この掲示板なのかもしれません。もちろん、そこにもささやかな歴史があるはずです。忘れてしまった想い出、どうしても思い出せない想い出など、一つでも二つでも思い出せたなら幸いです。

http://bsouko.hp.infoseek.co.jp/

 
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このコーナー、おひさしぶりです

 投稿者:黒い手袋  投稿日:2005年11月 3日(木)10時22分37秒
  今出ている「映画秘宝」で、藤木TDC氏が、松田優作のDVDボックスのレビューの中で、80年代初頭の立川の映画館のことについてふれています。当時、まだ未成年だった私も知らないこともかいているので、参考になると思います。  
お得なプロバイダーとくとくBB

有楽コンコース

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年11月 3日(木)00時08分17秒
  吉川さん、ありがとうございます。13号倉庫関連のHPはとにかく反応が少ないので、こんなもので良いのか悪いのか、自分では判断が難しいのですが、励みになります。

さて、
有楽コンコース。知っている人は知っていると思いますが、迂闊な事に約1年程前まで、全然知りませんでした。
ここは有楽町のガード下のレトロな一角です。「まんぷく食堂」や「トリスウ井スキー」の看板が嫌がおうでも「昭和」を感じるというか、有楽町の中でもここだけはまだ、「昭和」をやっているという感じです。ガード下の壁一面に無造作に貼られた映画のポスター。朽ち果ててボロボロですが、とても良い感じです。ここにはまだ、鞍馬天狗や丹下左膳、眠狂四郎、多羅尾伴内、花田秀次郎、風間重吉、緋牡丹のお竜、女賭博師等がうようよいるみたいです。

日比谷、有楽町、銀座の古い映画館はバタバタと無くなってしまったけれど、有楽コンコースにはそのなごりが残っています。ちょっと怪しい雰囲気だとは思いますが、有楽町へお出かけの折りは是非!。

画像は、有楽コンコース、壁に貼られたポスターの一部。ここで呑むお酒はなんだかとても美味そうです。お姉ちゃんがいる所も悪くはないですが……。

http://bsouko.hp.infoseek.co.jp/

 
お得なプロバイダーとくとくBB

懐かしい

 投稿者:吉川  投稿日:2005年10月30日(日)20時53分19秒
  懐かしいコーナーですね(^^;)読んでますよ(^^;)  
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

Re.池袋ピース座

 投稿者:寺吉  投稿日:2005年10月30日(日)13時08分15秒
  懐かしい名前が出て来ました。

何度も何度も見る私の好きな映画に、渡哲也主演の「無頼・人斬り五郎」と言う青春ヤクザ映画(?)があります。
文芸坐のオールナイトでは何度も上映された人気映画で、私も東京に住んでいた7年の間に2回程、オールナイトの熱狂の渦にまみれて見た映画(…でも、同じように日活アクション映画のオールナイトを上映していた「新宿ロマン」では、何故か一度も見ていない…不思議だ…)です。

あまり上映されないので、川崎銀星座や江東地下(錦糸町か亀戸あたりか?)にまで行って見た大好きな映画ですが、何故か池袋ピース座では上映され、二度も見ているのですから驚きです。

確かに、この映画館の番組はメチャクチャでしたし、劇場内もやけに薄暗かったような記憶があり、何でも上映しちゃう田舎の古ぼけた映画館を思い起こさせたものです。

ある日の池袋ピース座の番組(私の映画鑑賞記録より)
74.10.24
「ニッポン三銃士・博多帯しめ一本どっこの巻」(73・東宝)
「緋牡丹博徒・鉄火場列伝」(69・東映)

75.1.21
「衝撃!売春都市」(74・東映)
「組織暴力・兄弟盃」(69・東映)
「無頼・人斬り五郎」(68・日活)

76.3.22
「痴漢の指先」(?)
「続・実録おんな鑑別所」(75・日活)
「ふるさとポルノ・姫始め」(?)

77.1.23
「無頼・人斬り五郎」(68・日活)……ナイトショー

77.7.24
「東京流れ者」(66・日活)……なぜか1本だけしか見ていない。
 

池袋ピース座

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年10月22日(土)10時15分49秒
編集済
  幻の映画館から、再び想い出の映画館へ。
今回は、池袋ピース座です。池袋西口、むしろ北口の出口の方が解りやすいかもしれません。現在の池袋演芸場のあるビルの地下でした(正に池袋演芸場のある所です)。ビル新築時に演芸場は残ったけれど、ピース座はそのまま閉館となりました。
 ここの番組は、東宝、松竹、東映と結構ムチャクチャな番組が多くて浅草の映画館のような節操のなさでしたが、これが妙な魅力だったと思います。更に強力なのは、通常番組終了後のナイトショウです。多分3日替わりだったと思いましたが、ヤクザ映画の旧作を連日上映。通常興行とナイトショウの入れ替えもなかったように思います。つまり最終回は4本立という感じでした。ただし、最後まで見ていると(午後11時半頃になる)、帰りがけに路上で必ずお姉さんに声をかけられたものです。
 ここは、椅子の背もたれがかなり薄かったり、カーボン映写機で上映していたので、スクリーンが青くなったり、白くなったり、妙に古さを感じる映画館でした。

*池袋演芸場、旧ビルの何階だったか覚えている方がいらっしゃいましたら、お教え下さい。確か、3階か4階だった記憶があるのですが、はっきりしません。ここは畳敷きでとても良い雰囲気でした。

画像はピース座のチラシ(年代不詳、74年頃か?)。愛と誠(松竹)、神田川(東宝)、にっぽん美女物語(松竹)隠れた名作というか、充実のラインアップです。

http://bsouko.hp.infoseek.co.jp/

 

洛西館(目白通り)

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年10月17日(月)06時52分40秒
編集済
  池袋の古書店、古書往来座さんのご協力で目白通り沿いにあった洛西館という映画館の存在が解りました。洛西館が存在していたのは昭和22、3年頃までだったらしいので、想い出の映画館というよりは、幻の映画館という所でしょうか。現在、現地は多分映画館跡の面影もないでしょうが、そこに映画館があったという事実は残しておくべきだと思います。
 約60年も前の話、これはもう、一つの歴史なのかもしれません。資料として戴いた、昭和6年発行の郊外画報第一巻(昭和六年発行)より、洛西館紹介の全文と附記(戦後、創立者の一員の長男、足立俊雄氏)を掲載させて戴きます。

活動常設洛西館(昭和六年発行 郊外画報より)
洛西館は長崎町と落合町の境をなしている府道目白通りの中央にあり。現在の経営者は斯界の風雲児として名声を博している白井合名会社である。同社の経営に移ってから洛西館は優秀なる映画を上映するようになった。従って同館の観客は従前に幾十倍して、常に盛況を極めている。やがては付近のより一層の発展と共に、当地方面に於ける一流の映画殿堂としてファンの熱烈なる指示を受けるであろう。直接当館経営の衛には温厚なる対馬康太郎氏が当たっている。民衆娯楽としての映画、世界の人気を集中して映画、而も華やかなる映画興行者にも幾多の悩みはあろうが、一般観客の欲求に副はんとする白井合名会社の経営方針はやがて豊かな実を結ぶであろうことを信ずる。

附記 足立俊雄(創立者の一員の長男)
同館の創立は定かでないが、記憶をたどれば、夢声、遊声等弁士もあり、伴奏は5,6人のメムバーがオーケストラボックスで活躍、時代と共にパートトーキー(伴奏のみがトーキー)からオールトーキーへと移った。そんな事を考えると大正12,3年頃ではないかと思う。一事は盛況であったが、各地に映画館が設立され、交通も便利になると客は、池袋、新宿の封切館にとられて経営は困難となった。最悪の時は3,4番館として雨フリ映画、そして映写中もよく切れて客の不満をかったが、戦争中も強制疎開を免れ、戦後二ヶ月位で大修理、開業して大繁盛した。それも2,3年で失火で全焼。その歴史を閉じた。而も、最後の映画が*英国映画、ロバート・ドーナットの「幽霊西へ行く」である。前途を暗示していたのか。
 現在は東京信用金庫、椎名町支店がその一角にある。

* 「幽霊西へ行く」(1935年 英国)監督:ルネ・クレール
* 古書往来座 HP http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/


画像は、長崎町目白通り 活動常設 洛西館(大正12,3年頃?)

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