投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索画像・ファイル<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.>映画 ] [ 検索 ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR] 正社員就職 アンチエイジング 大分の求人・転職 ギフト 券 プレゼント 物流費
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]
【From teacup.】この掲示板は投稿が一定期間無いため、各記事中に広告を表示しています。

全135件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  |  《前のページ |  次のページ》 

喫茶店 ミラノ&蔵王

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月26日(金)23時09分49秒
編集済
  文芸坐や文芸坐のオールナイトについては、まぁ、想い出もたくさんあることでしょう。それはそれで、後日、たっぷりという事で……。

今回は、あまりにも狭い範囲での想い出なので、一般的でなないのが一寸、心苦しいのですが、
寺吉さんから話題が出たので、たまり場だった喫茶店の話しをします。

純喫茶「ミラノ」は西口のロータリーを渡った奥にありました。当時は池袋では数少ない24時間営業の喫茶店です。1階から3階まで喫茶店でした。ここを誰が発見したかは定かではないのですが、文芸坐のオールナイト終了後はいつもここに屯していたような記憶があります。3階はほとんど貸し切り状態だったように思います。通常、5〜6名、多いときには10名位はいたように思います。

それと「蔵王」。ここは23時間営業で、午前7時開店〜午前6時閉店でした。ここもトーストとゆで卵付き。トーストは食べ放題だったように記憶しています。

それにしても、オールナイト後の語らいは、パワフルでした。あの時のような熱き語らいは、今はほとんどありませんね。映画を見るのは勿論のことですが、あの喫茶店での数時間の語らいこそが、映画をみる醍醐味だったのかもしれません。たのしかったなぁ……。

今回は個人的な事で申し訳ございませんでしたが、一応、映画関連という事でお許しの程。

所で、文芸坐の前にあった喫茶店は、何という喫茶店でしたっけ?。どうしても思い出せません。
確か、そこで、不良番長シリーズの内藤誠監督のお話を伺ったように思うのですが……。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 


Re.Re 川崎銀星座

 投稿者:寺吉  投稿日:2005年 8月15日(月)21時26分1秒
  その通りであります。

74.5.23(土)、池袋文芸坐での大映特集は、13号倉庫さんを始めとする先輩諸氏に連れて行ってもらった、寺吉にとって初めてのオールナイトでありました。
オールナイトを見終え、いつもの溜まり場である喫茶店(…「ミラノ」と言う名前だったかなぁ…)に入り、ゆで卵とトーストを食べながらコーヒーやトマト・ジュースを飲み、昨夜の感想を語らいながら疲れた体を休めて、それぞれの場所に向かう(…寺吉の場合は川崎の銀星座でしたが…)……タフでした。

ちなみに、約1ケ月後の6月22日。
13号倉庫さんとは同じ池袋の文芸坐で「大映時代の菅原文太特集」のオールナイト(「恋愛ズバリ講座」「女獣」「九十九本目の生娘」「女奴隷船」「海女の化物屋敷」)を、菅原文太と鈴木則文監督の飛び込み出演と言う中で見て、明けた23日、寺吉は再び川崎銀星座に足を運んでおります。
「無頼・黒匕首」と「日本暴力団・組長」(深作欣二監督)を見んがために。
 

Re 川崎銀製座

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月15日(月)18時56分43秒
  いつかは出ると、思っていたが、遂に出ました、川崎銀星座!。この映画館も忘れられない映画館の一つです。

確か、川崎ミスタウンの入り口かハズレにあったと思います。1階がパチンコ店で、ちょっと狭い階段を上がっていくのが、何とも言えませんでした。スクリーンサイズは並木座と同じ位でしょうか?。上映中も下のパチンコ店の音が聞こえていましたね。

とにかく狭いのと、浅草よりもディープな客層でしたが、ここの客層と同様、番組もやたらディープだったので、何回か行きました。多分、近くに住んでいたら、ひんぱんに通った映画館になっていたでしょう。

新宿昭和館や浅草は、やくざ映画といってもある程度一般的な作品が多かったのですが、銀星座は本当に遠征したくなる作品を上映していましたね。どういう方がセレクトしていたのでしょうね?。当時は「無頼シリーズ」なども、昼間の番組ではほとんど上映していなかった記憶があります。

寺吉さんが川崎銀製座に行かれたのは、74年5月でしょうか?。
川崎銀星座では5月22日〜28日まで、「無頼 人斬り五郎」と「博ち打ち いのち札」の2本立てです。入場料は400円均一。当然、「ぴあ」なんか持っていっても割引料金にはなりません。
そうすると、池袋でのオールナイト、文芸坐だとすると、大映特集(片足のエース、狐がくれた赤ん坊、顔役、男一匹ガキ大将、遊び)なんですが……。そうだとすると、一緒に見ていますね。

「無頼 人斬り五郎」のフェリーのシーン、「博ち打ち いのち札」の血の海。2作品共、いまでも鮮明に覚えています。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 
お得なプロバイダーとくとくBB

川崎銀星座

 投稿者:寺吉  投稿日:2005年 8月14日(日)02時06分34秒
  さすがに青森・三沢までは足が届きませんが、映画青年の聖地だった池袋・新宿から離れた場所にも良い映画館がたくさんありました。

その第1弾が、川崎にあった銀星座です。
決して大きなスクリーンではないし、小屋自体もそれほどキレイなものではなかったと言う記憶があります。まぁ、お目当てで行く作品が作品だけに、あまりキレイな映画館では腰が引けてしまうのですが……。

当時、小生は新小岩に住んでいました。
ある日、先輩から、渡哲也の「無頼・人斬り五郎」の面白さを聞かされました。
日活アクション映画に目覚めていなかった小生は、いい加減な気持ちで、その映画を上映していた川崎まで訪れたのです。それも、池袋でオールナイトを見終えたその足で。

「博打打ち・いのち札」(71)と「無頼・人斬り五郎」(68)
両作品とも、今でこそ「名作!」として声を大にして言えますが、その頃は半信半疑。
でも、感動したのです。わざわざ川崎までやって来た甲斐があったのです。バテバテだったけど、「人斬り五郎」は二度も見てしまったのです。

その後、「無頼・人斬り五郎」は、小生の最も愛する映画の1本になったのです。
もしあの時、先輩が「人斬り五郎」の面白さを語ってくれなかったら。
もしあの時、疲れた体にも関わらず、川崎まで行かなかったら。
もしあの時…………

小生にとって、川崎にある銀星座と言う映画館は、亀戸にあるスカラ座と言う映画館同様、その映画史(…ちょっと大げさですが…)において重要な位置を占める映画館になったのです。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

青森県三沢の映画館

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月 8日(月)18時51分49秒
編集済
  先日、途中下車した、青森県三沢の先人記念館という所で、「懐かしの映画ポスター展」をやっていました。残念ながら時間がなかったので足を運べませんでしたが、チラシの裏面には三沢の映画館の写真もあり、なかなか面白そうな感じでした。見に行かれた方など、いらっしゃいましたら、どんな様子だったのか、教えていただければ幸いです。

先人記念館 企画展 「懐かしの映画ポスター展」
2005年6月4日〜2005年8月28日まで 入館料 一般100円 小中学生50円
開館時間 午前9時〜午後5時(最終受付、午後4時30分) 休館 毎週月曜日

 この度当記念館では、日本が戦後の混乱期から抜け出し、復興に向けて歩み始めた
1950年代前半を中心とした映画ポスター展を開催いたします。
「映画は時代を映す鏡」とも言われており、人々の最大の娯楽であった当時の映画作
品の中から娯楽作品、文芸作品、歴史作品などいろいろなジャンルのポスターをとり
あげ展示しております。
 また当時の三沢市内の映画館や街並みの様子なども併せて展示し、映画事情をと
おした三沢市内の一端を紹介しております。
 どうか皆様には、この企画展をとおし銀幕のスターに胸躍らせた青春時代を、また
明日への夢と希望を与えてくれた映画作品に思いをはせ、懐かしんでいただければ
幸いに存じます。(チラシ裏面より転載)

チラシ裏面には、昭和33年当時の、三沢東映、三沢日活、三沢有楽座、大三沢映画劇場の写真もあります。
年代は解りませんが、三沢の映画館の位置図もあります。
福丸座、中央劇場、第二中央劇場、大三沢劇場、東宝劇場、東映劇場、日活劇場、有楽座などがあったようです。うーん、福丸座が気になるなぁ……。

少しだけ市街地をぶらりしてみましたが、現在三沢に映画館はあるのでしょうか?。

画像は「懐かしの映画ポスター展」のチラシ。三沢の有楽座もなかなかイイ感じです。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 

Re 渋谷全線座

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月 5日(金)09時01分52秒
編集済
  渋谷全線座に関しては、記憶がほとんどありません。この映画館も町の風景として微かに残っているだけです。
 現在の東急インの場所が、渋谷全線座のあった所らしいです。渋谷全線座では、たった1度だけ、「グレートレース」を見に行きました。当時の映画館としては、当たり前の事なのですが、ここは特に老朽化がすすんでいるように思いました。スクリーンは結構バカでかかったように思うのですが、ステージが妙に古いというか、全体的に照明が暗かったようにも思います。天井もスクリーンの割には低い印象があります。後、映写機の光源も場内が広い為か、一寸暗かったような感じがします。
 しかし、こういう映画館こそ、何となく落ち着いていられるので、ボロボロの椅子でしたが、「グレートレース」は堪能しました。

●73年12月の「ぴあ」より
1月1日〜7日 料金=200円均一
「おかしなおかしなおかしな世界」
「おかしなおかしな大追跡」

*渋谷全線座に関しましては、書き込みよろしくお願いします。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

Re テアトル東京

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月 5日(金)08時10分1秒
編集済
  初めましてmepさん。
 テアトル東京は、やはり画面の大きさが、印象にこびり着いているのですが、スクリーンの大きさだけではなく、ロビーや、建物自体の迫力に、いつも圧倒されていました。スクリーンは今のシネコンでも大きくする事は出来ると思いますが、あの、一戸建てと言うか、デンと構えた迫力はやはり最高でした。
 残念ながら、70年代は、スケールの大きい作品が少なかったので(ニュー・シネマばかり見ていて、目に入らなかったのかもしれません)、一寸淋しい感じもしましたが、「ベンハー」「十戒」「西武開拓史」「史上最大の作戦」「80日間世界一周」等をもう一度、テアトル東京で見てみたいものです。
 勿論、「ウエストサイド物語」もワクワクしますよね。最初のニューヨークの俯瞰のシーンなど、もうそれだけで、テアトル東京!、という感じです。
 「スターウォーズ」は、自分はダメなのですが、あの最初のプロローグのシーンなど、大画面で見ると、ワクワクします。勿論、スクリーンが大きければそれで良いという問題では無いのでしょうが、テアトル東京のような映画館は、ある意味、国宝級の映画館だったような感じもします。それは一寸大袈裟かも知れませんが、ああいう映画館こそ、保存されるべきだったような感じがしています。芸術と娯楽の差はあるのかも知れませんが、映画館の保存に税金を使うのなら、自分は少しぐらいは払っても良いように思っています。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 

Re 銀座文化

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月 5日(金)07時42分10秒
  銀座文化も懐かしい映画館の一つですね。

開館は解らなかったのですが、昭和30(55年以降)年代には「銀座文化」と「銀座ニュー文化」という館名でした。それが「銀座文化1」と「銀座文化2」になったのは70年代の初めぐらいのようです。その後、87年に「銀座文化」と「シネスイッチ銀座」となり、97年に「シネスイッチ銀座1」と「シネスイッチ銀座2」となったようです。
 しかし、何といっても、「ぎんぶん」と言っていた名画座時代ですね。映画を見る見ないに関わらず、銀座に行った時は、「銀座文化」の前を通るのが、一つの決まりとなっていました。
 例えば、テアトル東京に行く時には、行きは「丸の内東映」から「並木座」。帰りは、三越から三原橋(当時、銀座地球座、名画座。現シネパトス)を通って「松竹セントラル」、「東劇(新)」を回り、帰りに「銀座文化」を通って有楽町のパターンは定番でした。
 当時は、「銀座文化1」がロードショー(実はここで見た記憶が全くないのです)、地下に降りて行く「銀座文化2」が名画座でした。
 実は、寺吉さんも書かれているように、先輩がバイトをしていたので、料金を払って入った記憶がほとんど無いのです。「銀座文化2」の番組自体も、こまめに歩けば、池袋や大塚で充分こなせる番組でしたので、自分にとっては、それほど重要な映画館ではなかったような感じもします。それでも、あの下に降りて行く階段には妙な印象があって、あそこを降りてゆく時は、映画を見なければいけないような雰囲気にさせてくれる、不思議な階段でした。

 「銀座文化」や「並木座」等、銀座の裏通りは結構面白くて、場外馬券売場の近辺とかは結構、ワクワクしていました。昔の話ですが、歌舞伎関係が強い古書店でキネ旬などがかなりお得な価格で大量に置いてあったのを覚えています。後、銀座温泉だったか、東京温泉だったかはもう無いでしょうね……

画像は銀座文化の3月上映案内(年不明のウラ面)。シネスイッチになっても多少面影があるかもしれません。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 

Re 立川の映画館

 投稿者:13号倉庫  投稿日:2005年 8月 5日(金)06時19分50秒
編集済
  >立川東映南座が火事にあったのは、昭和50年代の後半だったと思います。

うーん、ある意味、閉館ラッシュの魁になったような感じもしますね。この頃(75年)からの約10年間で、町の映画館はバタバタと消えて行きます。ビデオの台頭が大きな原因だったのではないかと思われますが、実はこの頃から、ロードショウ→封切り→2番館→名画座へ、という流れが段々と不明瞭になって来るのです。それは、ある意味、数ヶ月遅れの作品を上映した所で町の映画館にはお客が来なくなったという事もあるのですが、この頃から、大ヒットした作品は下番線に流すよりも、しばらく置いてから、凱旋ロードショウをするという形になってきたようです。
 つまり、文芸挫の「シネウイークリー」等にあったように、入場料の安い映画館にはフィルムを貸さないという事が顕著になってきたようです。そういう事で、名画座等は、お客が入りそうな、話題作、ヒット作では特別料金を組まなければならないという状態になっていったようです。それは、ある意味、ビデオの台頭を予測したメーカー側の一大転換だったのかもしれません(現在はどうなのか解りませんが、昔は封切り後6ヶ月はビデオを出さないという取り決めがありました)。

 立川東映南座、立川中央、立川セントラル。外見や中の感じはどうだったのでしょうか?。あれは多分、東映まんが祭りだったと思いますが、自分の入った大山東映(板橋区)では、上映中にも関わらず、子供達が走り回り、スクリーンの前の老朽化したステージでは、猫が気持良さそうに欠伸をしていました。こんな光景は、丸の内東映あたりでは見られないでしょうが、今思えば、懐かしい光景です。
 シネコンには化け猫は出るでしょうが、本物の猫はまず出ないでしょう(子猫物語は劇場では見ていないので解りません)。
 そういう感じで、立川東映南座、立川中央、立川セントラルなどの雰囲気やエピソードがあれば、教えていただけると嬉しいです。

http://www.geocities.jp/bokurasouko/

 
お得なプロバイダーとくとくBB

渋谷全線座

 投稿者:mep  投稿日:2005年 7月31日(日)10時56分46秒
  名画座なのにとても大きな劇場だった記憶があります。
たしか入場料が?150だったと思います。
「フラバー1・2」を観たのを覚えてますが
なんと言っても印象に残っているのは「八十日間世界一周」です。
入場料より高かったプログラム?(ハードカバーの上製本)は私の大切な宝物です。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿
以上は、新着順91番目から100番目までの記事です。 5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  |  《前のページ |  次のページ》 
/14 


[PR] アンチエイジング