• [0]
  • 勇気を与えてくれた言葉 

  • 投稿者:管理者
  • 投稿日:2009年 4月20日(月)23時30分55秒
 
小説やノンフィクション、映画、友人・知人から励まされたり、勇気を与えてくれた言葉や事柄。
なんでも結構です。いろいろ紹介してください。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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  • [6]
  • 命って凄いんだ。

  • 投稿者:masaメール
  • 投稿日:2010年 3月23日(火)11時25分42秒
 
 一昨日の日曜日の夜、NHKスペシャルで「命をめぐる対話”暗闇の世界”で生きられますか」という番組を、内容を知らずに観ていました。先日観た、DVD映画の「潜水士は、青い蝶を見た」と偶然に同じ難病の「閉じ込め症候群」の患者さんが主人公だったのでびっくりしました。Nスペの方は、3人の患者さんとその家族を取材した、ノンフィクション作家の柳田邦男氏の視線で、観ている視聴者に”それを問う”番組づくりでした。家族との究極のコミュニケーションと、その先に訪れる究極を越えた一方的なコミュニケーションにも、・・・・。
 今、命があることを至極の幸せとするか?、絶望の不幸とするか?患者さんとその家族が教えてくれました。その先にある、逝ってしまった者と残された者のコミュニケーションは、患者と家族の「依存と共生」の大切さから感じ、「今ある命」の大切さと、その先にある「今なき命」の大切さも同時に感じさせてもらいました。後日きっと再放送されると思います。もし観られていない方がおられるなら、是非、一見の価値があるとおもいますのでお勧めします。

 もう一つ、最近ヒマジンの僕はアニメーションに興味を持っています。昨日もNETでいろいろ調べていて偶然知った映像があります。この素晴らしいアニメに出会えて本当に感動しました。「赤い糸」という自主製作のアニメを勝手にご紹介します。脱帽!
  http://www.youtube.com/watch?v=ARDBGPVOcWk

 上記の二つは、どちらも「命」を問われる作品でした。GGNに必要なモノだと感じましたので、皆さんも勇気と感動をいただけるのでは?と思い、ここに投稿させていただきました。この二つの作品をつくられた人々に感謝いたします。

  • [5]
  • ダライラマ ゆるす言葉

  • 投稿者:yoshiメール
  • 投稿日:2010年 3月17日(水)22時44分35秒
 
ダライラマ 14世の言葉です。

  死について常に意識しているなら

  死が訪れても驚くことはありません

  心配もいりません

  死とは衣服を着替えるようなものです

  したがって 死を迎えたとき心の平穏を保ち続けることができるのです



 僕もこんな心境になれたら、どんなに心が楽になれることでしょう。

 死に逝く人も 遺された人もまた・・・。

 妻はいま、どんな服を着ているのでしょうか?

 相変わらず、デザイナー系の黒服なのかな?

http://gg-n.org/


  • [4]
  • 「駄目で元々 雨、アラレ」

  • 投稿者:masaメール
  • 投稿日:2010年 1月16日(土)14時42分0秒
 
 昨日、親友からボランティア(タダという意味)の仕事を頼まれて、調べ物があってNET検索をしたら、プロデューサーの残間里江子さんの「駄目で元々 雨、アラレ」というブログに行き着きました。
 そこに書かれていた。次の言葉に、勇気を貰ったので、勝手に記させてもらいます。

「やらないで『やれば良かった』と後悔するよりは、
やって『やらなきゃ良かった』と後悔するほうがいい」
と考える私なので、
「1ミリでも1グラムでも『やりたい』と思ったら、
やったほうがいいですよ」というのが基本スタンスだ。

 一昨年まで、僕もそう思って、そうする事を信条にやってきたつもりだし、そうすることに、妻も応援してくれ、そんな夢を語る僕の事を「好きだ」と言ってくれた。妻が亡くなり、心が折れて、新たな出会いが有り、仕事がなくなり、病気になって、心が折れて、助けてくれる人がいて、希望のカケラの様なものが芽生えた時、この言葉にまた励まされました。
 心が折れたら、だれかに救いを求めてください。救われたなら、また、甦れる時が、いつの日かあるような気がします。そんなエールを僕は、貰いました。

感謝

  • [3]
  • 弱い自分は

  • 投稿者:yoshiメール
  • 投稿日:2010年 1月 6日(水)03時01分46秒
 
masa様
とてもいい言葉を戴きました。
「くじけそうな気持」あるいは「くじけてしまた自分」がいつもそこにいる。
誰かにすがりたい。叫びたいけど、叫べない。
そんな自分と、いつも隣り合わせです。

http://gg-n.org/


  • [2]
  • くじけそうな気持ち

  • 投稿者:masaメール
  • 投稿日:2009年12月13日(日)12時08分51秒
 
 今、奥田英郎の「用もないのに」というエッセーのなかにこんな一文をみつけました。
<仏様を必要とする人が、この世にはたくさんいる。ままならない人生、降りかかる不幸、自分の手に負えない運命が、行く手には多く横たわっている。それを一人で背負わねばならないとしたら、世界はつらいことばかりである。四国遍路の重要なキーワードである「同行二人」とは、遍路さんと弘法大師の二人がいつも一緒に札所を巡るということばだ。何かにすがるのは、決して弱さではない。信仰とは、くじけそうな気持ちをなんとか奮い立たせようとする個人の抗いだ。少なくとも他人が評する事ではない。>
無信仰のわたしでも、特にこの一文「くじけそうな気持ちをなんとか奮い立たせようとする個人の抗い」という部分に伴侶を喪したとき、経営していた店をたたみ、無職になったとたん大病患って悶々としている現在。やさしく慰めてくれる、もしくは、わかってくれる。言葉のような気がしました。
なぜ、自分は他人の話に耳を傾けたり、本を読んだり、ドラマや映画、演劇を観たり、音楽を聴いたり、掲示板を読んだりするのか?
それは、「くじけそうな気持ちをなんとか奮い立たせようとする個人の抗い」によるところが大きいような気がします。人生の再構築なのだと思います。
分かり切った事を書いてしまったようですが、読んですぐだったので書いてしまいました。お許しください。

  • [1]
  • 人生の再構築はできるか?

  • 投稿者:yoshiメール
  • 投稿日:2009年11月11日(水)02時37分47秒
  • 編集済
 
つらい体験をすると人は、『立ち直る』『回復する』という言葉をよく使います。
 しかし、この言葉は「元の状態に戻ることが良い状態」であるように誤解をされてしまいそうなので、
私はこの言葉を極力 使わないようにしています。

その意味では、Neimeyer氏は、喪失の当事者及び周りの人にとっても
理解しやすい言葉で的確に表現しています。



  『 大きな喪失を体験すると

    再び「昔の自分」には戻れません

    けれど 新しい役割に見合った

    自己のアイデンティティーを

    努力して再構築することは可能です 』

   ~ Robert A. Neimeyer 『 <大切なもの>を失ったあなたに 』訳・鈴木剛子~

http://goodgrief-network.community.officelive.com/default.aspx



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